当時住んでいたマンションには、2LDKの部屋と同じくらいの広さのベランダがあった。
いまはやめたが、ヘビースモーカーだった。ベランダでタバコを吸っているとき、ふと空を見上げた。あぁ、タバコでも吸ってないと空をみることなんてほとんどなかったのだと、JTの広告のようなことを思った。
煙を追った目の先に、人が手を振っているのがみえた。そのマンションの10階あたりだろうか。窓を開けて手を振っているのは女の人だろうか。道を歩いている人に手を振っているのだと思い、リアクションはしなかった。タバコを吸い終える頃には窓が閉められていた。まさか僕に向かって?いや、それはありえないな。その日から、手を振る女が気になりだした。
その女をマンションスナイパーと名付けた。おそらく30代後半の専業主婦。朝食はご飯よりもパン派。肉のハナマサで買いだめしたベーコンをカリカリに焼いて食べる派。
僕が住んでいたのは2LDKの角部屋だ。寝室、リビング、キッチンがまっすぐにつながっている。すべての部屋からベランダに出ることができて、寝室だけにもう一面窓がある。向かいのマンションは寝室の窓からが一番近い。その窓の近くにベッドを置いて寝ている。夏でもクーラーを使わない生活をしていた。暑さに慣れて変に汗をかかなくなってくるので、すこぶる調子がいいのだ。
夜はいつも全裸で窓を開けて寝ていた。朝になればあのマンションから丸見えだっただろう。手を振っていたのは、おそらくその関係だと思う。